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2008/02/15 (Fri) 「師」というもの

 
ひとつの例ですが。
例えば創価学会を脱会し、10年も20年も経っている方の中にも
いまだイケダ氏を心の奥で慕っているような言動が見られることに
ちょっと驚きました。

(それが悪いことだと言っているのではないのですが。
 誰を慕おうと、その人の自由なんですし)
 
 

 
いまだ、かつての師の影響下にあり、
師の言ったことをしっかりと覚えていて、
そのとおりの行動を、他の宗教団体にいながら行っているんです。

「師弟不二」というマインド・コントロールは
非常に強く濃いものなのかもしれません。


そういう意味でも、脱会後のカウンセリングは、大切なのだと思います。
しかし、他の宗教(組織内部では「邪宗」と呼ぶ習慣があった)への恐怖や負のイメージは強く刻まれていて
今の団体の外側へ、助けを求めるのを阻んでいるようです。


でも、
混沌としてきた日蓮正宗系信徒の各団体の現在の様相を
憂いているし、何とかしたいと思う気持ちがある方もあるようです。
それが、どうにか良い方向へと繋がるようにならないものかなぁと
かすかな希望を抱きつつ。
とにかく、信者争奪合戦のような、争いをまずその人がやめることが
一歩に繋がるのではないかと、思ったりしています。

少なくとも、善意の気持ちから発せられた布教活動ならば、
せめて、威圧的に攻めてしまうのではなく、調和を生むよう
お願いしたい気持ちです。
(いや…これができたら、何も問題は起こらないんですけどね…)

各団体のメンバーは、いつ自分の所に他団体の布教(や破折)が来るのかと、
なんだか不安げな方もいらっしゃるようです。



★『マインド・コントロールからの救出』スティーブン・ハッサン より★

この十年間、それ以前にも増して長期間カルトに入っていたメンバーが脱会する姿を多く見てきた。
それは、人間の魂の強さの証だ。
多くの人々が今も長期間カルトに入っているが、彼らの多くが
脱会したくてもどこへ行けばいいか分からずにいる。
大切な人がマインド・コントロールされていることを理解していない家族は
本人の言動に傷ついて縁を切っている可能性がある。

(中略)

傷つける力を持つ者は、必ず癒す力も持っている。
人々に影響力を与えるための知識は、倫理的に責任を持って使われれば
人々の自由な意思と個性と独自性を守り、高めることに役立つ。

(中略)

財力があり、力があり、国境を越えて活動する破壊的なカルトに対して
脱会者や家族や友人が挑む戦いは、まさに個人の草の根レベルの闘いだ。
今や、新しい科学技術の助けを借りて、巨人はますます大きくなった。
カルトによるマインド・コントロールの手法は、
天然資源と物理的資源だけでなく人の心を支配する目的で、
人を服従させて操るような、
ある種の帝国主義的な権力まで生み出した。
新たな千年紀において欠かせないことは、人間の最も重要な資源である心と精神を守るために、
あらゆる人々が立ち上がることである。

★以上★


確かに。
信仰をしている方に、
「せっかくこの信心に出会っていながら、素直に信じられないなんて…」と心底わたしを哀れむような顔をされると、
ちょっと凹みます(;´▽`A``
以前よりはかなり慣れたけれども。

それでも、脱会後の自分の経験、気持ちの変遷、
教団の外にも良心と向上心を持って暮らしている人々がいること、
などなどを
バカにされても見下されても、自分のできる範囲で話していくことは
その人にとっていつか、救いになるかもしれません。


色んな意味で、
大変なのは、「これから」のような気がしてきました。










      ありがとうございます



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ナウシカさん

>もう自己防衛張りまくりですよ(;^_^A

あはは…それは賢明ですよ。
ホント心身に悪いもん。すぐ横で言われた日にゃ。


>人のこと対等に見れないのは、自分に自信がないからなんでしょうね。

うん、わたしもそう感じました。
誰かに「あなたが正しい」って言って欲しいのかもなぁって。
社会のいろんな場面で、人生の先輩方を見回してみると、
自信がある人の周りには、自然に人が集まってる。

教え以外にも、親や性格の影響ということは、今回ナウシカさんに言われるまで思い至らなかったけど、
そういうのを考え合わせると、根深いものがあるのかなぁ、と思いました。


>学会だと境涯が高いとか低いとか

おぉ。境涯っていう言葉、聴いたの久しぶりです(笑)
ありましたね。
確かに、そういうのを考えなくてよくなると、楽になりますよ。
だって「みんな同じ人間。」それで済んじゃうから(笑)


この記事のまとめは、
『自分自身を見つめ、振り返ることって大切。
 ヒトの内面に、高低や優劣は必要ないです。』
↑に決まりました(^ー^)


2008/02/16 14:38 | 散歩虫 [ 編集 ]


うんうん 

>なんだかね、色々な立場の人の話を聞かせていただくと、
「人を見下す」「哀れむ」「罵倒する」
そういう言葉に生気を吸い取られてしまうような感じがします。

そうですね。
私も強がってるけど、実はそういうの苦手で…
もう自己防衛張りまくりですよ(;^_^A

>法華講の人は、創価学会の本尊をバカにし、
創価学会の人は、正宗の人を哀れみ、みたいな。
なんかお互いに、自分が相手より上にいないといけないから
相手を自分より下に見る癖がついちゃっているのかなぁ…

人のこと対等に見れないのは、自分に自信がないからなんでしょうね。
そういう癖って、宗教団体の教えだったり、親から受けたものだったり、元々の性格だったり、いろんな要素があるかもしれないけど、たぶん自分では気づかないでやってしまうんでしょうね。

人から教わったり学んだりも大切ですけど、自分自身を見つめ振り返るということも大切なんでしょうね。

>今は、何事にも優劣をつけなくてよい人生を送れることに、
すごくほっとしています。

ああ~それわかります。
学会だと境涯が高いとか低いとか、そういう意識がすごくあって、無言のプレッシャーみたいなものを感じます。
自分自身もそれを課してしまったり、人にも求めたり…

でもそういうのは、徐々に取っ払われてくるようになり、生きるのが楽になりましたね。
でもその結果、自己中になってしまってるかも(;^_^A

2008/02/15 23:25 | ナウシカ [ 編集 ]


 

ナウシカさん

こんばんは(^ー^)
ちょうど、ナウシカさんのブログにコメント入れようかなぁ~と
思っていたところでした。
わたしも、昨晩の「だいすき」見てて、感動してましたのです。
子育てって、リハーサルとか練習とか、ないですしね~(笑)
もう毎日、ぶっつけ本番で体当たりで、親子で育て合うしか。
金八先生もみてます。励まされますね~。


>でも過去に氏の言葉(書籍も含む)で励まされたり、そのおかげで頑張れた事実は事実として否定はしないで、氏がどうのではなく中身(自分が感じた感覚)を大切にしてはいきたいと思っています。
師弟不二とか報恩感謝とかではなく、自分を大切に思っていく心として。

>それが自分だけじゃなく、人も大切にしていけたり、マインドコントロールも解けていくカギになるのかなと。

そうですね。同意見です。
特定の人物を神格化して崇めるのではなくて、
人間なんだから誰だって色んな面を持っている、
それを自分の中で消化できる、
そう思えてきたことがたぶん
ナウシカさんもわたしも、MCから解放されてきた部分なのかもしれないですね。


>堂々としてたらいいと思いますよ。
>言いたいヤツには言わせておけみたいな感じで。

ありがとうございます。
これは本当にそうですよね。

なんだかね、色々な立場の人の話を聞かせていただくと、
「人を見下す」「哀れむ」「罵倒する」
そういう言葉に生気を吸い取られてしまうような感じがします。

法華講の人は、創価学会の本尊をバカにし、
創価学会の人は、正宗の人を哀れみ、みたいな。
なんかお互いに、自分が相手より上にいないといけないから
相手を自分より下に見る癖がついちゃっているのかなぁ…

というわけで、わたしも見下されるわけですが(笑)
ナウシカさんの仰るとおり、一生懸命、わたしの人生を生きていこうと
改めて思いました。

っていうか、今は、何事にも優劣をつけなくてよい人生を送れることに、
すごくほっとしています。


コメント、ありがとうでした!

2008/02/15 21:50 | 散歩虫 [ 編集 ]


ご無沙汰しています 

>「師弟不二」というマインド・コントロールは
非常に強く濃いものなのかもしれません。

そうですね。
私もかつて人生の師匠と尊敬していた人がいたけど、今はどちらかというともう嫌いになってしまい、飾っていた写真も片付けてしまいました(いずれ捨ててしまうかも)

でも過去に氏の言葉(書籍も含む)で励まされたり、そのおかげで頑張れた事実は事実として否定はしないで、氏がどうのではなく中身(自分が感じた感覚)を大切にしてはいきたいと思っています。
師弟不二とか報恩感謝とかではなく、自分を大切に思っていく心として。

それが自分だけじゃなく、人も大切にしていけたり、マインドコントロールも解けていくカギになるのかなと。
でも私はまだまだ未熟で、アップダウンしてしまっていますが。

>「せっかくこの信心に出会っていながら、素直に信じられないなんて…」と心底わたしを哀れむような顔をされると、
ちょっと凹みます(;´▽`A``

>バカにされても見下されても、自分のできる範囲で話していくことは
その人にとっていつか、救いになるかもしれません。

堂々としてたらいいと思いますよ。
何を言われても自分は懸命に生きている、何があっても懸命に生きる、その強さや優しさだったり、いずれ誰も何も言わなくなるのでは?
言いたいヤツには言わせておけみたいな感じで。

2008/02/15 20:30 | ナウシカ [ 編集 ]


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Author:散歩虫
議論ある仏教系(日蓮系)宗教団体を脱会した、2世のその後。
カルト問題、マインドコントロール、心理学から見た宗教問題、脱会後のリハビリ、その他いろいろ思ったことを書いています。
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