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2007/06/29 (Fri) データ化される「私」

本のご紹介です。

『ウェブ社会の思想』 鈴木謙介 著



というわけで、少し真面目に、(少し?)
ネット上における「わたし」ということについて
考えてみました。


 
ネットはバーチャルか?ということなのですが
わたしはそう思ってはいません。

例えばこのブログは、わたしに関する一部のデータを言語化したものです。
わたしのすべてでは、当然ありえないのですが、
しかしこれは紛れもなくわたしだと思います。

こうしてデータのアップロードをしている行為も、
こそこそ隠れてやっているわけでもないし、
友人との共有もあるし、
現実の生活へのフィードバックは確かにあるからです。


そして、そのデータ化された自分自身に、特別な思い入れがあるわけでもなく
そんなにネット上も現実社会も、自分で意識して分けているわけでもないのです。

しかし、バーチャルの縁のぎりぎりを歩いているのかもしれない、
そう考えておいたほうがいいのだとも、同時に思います。


また、ここでも、トラウマなどを語る「自分語り」に対する記述があります。
それは偽者の記憶を生み出し、それをログ化することによって
バーチャルな自分ができていってしまう、というような。

やっぱり、社会学者の方々にとっては、セラピーブームは避けて通れない出来事なのでしょうねぇ。

偽者の記憶に関することは、わたしも起こりうると思いますし、
語る時によって、内容が変化することもあるだろう、と思います。

でも一方で、人と人が関わるとき、そこで問題なのは記憶ではなく
その時点でどんな言葉で語られるか、
その時に発せられた「言葉」が、大切なのではと感じます。

(虐待に関する裁判などでは、記憶が事実かどうかは確かに大切なことなので、そういう場合は除きますが)

いつだって、語られた言葉に、その人自身は居るのではないでしょうか…。


ネット上における、イデオロギー的な側面での現状も、
本の中で、鋭く切り取ってありました。

あんまり、政治的なことに詳しくないのでわかりませんが、
(ネット右翼やネット民主主義について、書かれてありました)
ちょっと思ったことは、
イデオロギーも、またそれを反映した活動も、
当人にとって、セラピー的な役割もしているんじゃないかなっていうことでした。
あ、これはたぶん、ネットだけじゃなく、現実社会でも言えるのかも。



こうして、ログとして保存されていく「わたし」。
意味があるのか、ないのか、よくわかりませんが
とにかく、こういう時代を生きているんだなぁって
それは実感します。

10年前も、5年前も、こんな未来(情報化社会)は想像していませんでした。




最後に、あとがきから。

 社会をよりよいものにしようと思っても、現実は簡単に変化せず、そのことに絶望した論者が突然、断定的で独善的な主張を口走る。
 他方で、そうした態度に反感を覚える人びとは、自分の知的誠実さを貫徹することのできる特定の分野に引きこもり、明確な結論の見えない議論に終始してしまう。
 そうした不毛な空気の中で、何かを単に否定することによってではなく、それ自体としてポジティブな主張ができないか。
 そう考えたとき、わたし達は成長することができる。
 だからこそ未来には希望があるように思えたのだ。



蓄積されたデータからは、そのデータ化されたものの中からしか
答えを導き出すことができないのです。
それが、ユビキタス社会の宿命として、本の中に書かれてありました。

可能性は、データの外に、あるのかもしれません。


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耳猫さん

ごぶさたしています(^ー^)
コメント、ありがとうございます。

>ネットでの関わりでは、
>相手を判断する材料が、
>直接会うより少ないはずです。

そうですよね。わたしも、そう思います。


>実際にあって話すよりも、
>相手との関係に感情移入してしまう気がします。

わたしも、以前は多々そういうことがありました(笑)
(ってうか、わたしはリアルでも結構そうなんですけどね~)

ここは、文字だけの世界ですもんね。

例えば、家で本を読んでいるときに、本の中の人とやり取りはできないけれど
ネットでは相手は生身の人間だし、やり取りもできるんですもんね。


>ネットでは「腹三分目くらい」

そうかもしれませんね。なんか、いいこと言いますね~(笑)

やっぱり、見えない(確認できない)相手の状況を勝手に想像したり
思い込んだりしてしまうことが、ネットでは起こりがちなので
そういうことも大事なんだと思います。
わたしも、やっとそれができる様になってきたかな~と思います。
(以前は、フラッシュバックの嵐だったので(笑))

2007/07/03 14:27 | 散歩虫 [ 編集 ]


ネットでの関わりについて 

散歩虫さん、こちらでは初めまして。

この本と今回の記事のテーマからはずれてしまうかもしれませんが、
思ったことを書いてみました。

直接会って会話する場合、
話の内容以外に、
・その人の外見(顔つき、表情、しぐさ、服装)や、
・話し方
などを、相手を判断するための材料にできますよね。

ネットで人と会話する場合は、判断材料が
「話の内容」しかなくなります。
ネットでの関わりでは、
相手を判断する材料が、
直接会うより少ないはずです。

ですが、私の経験上では、
ネットで会話する相手に親近感を持った場合、
実際にあって話すよりも、
相手との関係に感情移入してしまう気がします。
自分でも、気付いたときは不思議に感じました。

美輪明宏さんが、なにかで、
「親しい人とも腹六文目くらいのつきあいがちょうどいい」
とか書いてたと記憶しますが、
これにならうと、私の場合、ネットでは
「腹三分目くらい」
を意識するくらいがちょうどいいのかしら?
とか思ったりします。

2007/07/02 21:36 | 耳猫 [ 編集 ]


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Author:散歩虫
議論ある仏教系(日蓮系)宗教団体を脱会した、2世のその後。
カルト問題、マインドコントロール、心理学から見た宗教問題、脱会後のリハビリ、その他いろいろ思ったことを書いています。
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