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2007/07/27 (Fri) 息抜きに映画の話でも

 
たまには、映画の話でも。

「Leaving Las Vegas」という映画があって、昔、何度も観ました。
なぜこの映画に惹かれるのか…
アルコール依存症の男性と、彼に惹かれて世話をする娼婦の話です。


 
仕事も家庭も失って、身体もボロボロで、もはや命を伸ばそうともせず、
死ぬまで酒を飲み続けるためにラスベガスに来た男。
そばに居たいという彼女に、彼は言います。
「俺が酒を飲むことを止めるな」と。

彼女はもちろん、彼にもっと生きて欲しいのです。
だけど「飲まないで」と言えずに、ただ心の中で泣きながら
衰弱していく彼を見ているしかない。

彼女は結局、ゆっくりと自殺していく彼を看取ることになるのですが。

映画の中では、男がなぜそんなにアルコールに溺れるのか、説明は何もありません。
ただどうしようもない絶望。
二人とも、社会的なものすべてを失っていて、
枯葉が風に舞うようにふらふらと、日々を生きながらえている、そんな感じ。

ただ、震える手で飲み干される酒の一杯一杯に、
過去の生活で、削られ、少しずつ死んでいった心が
映し出されている気がするのです。

どんなに懇願しても、自分の身を投げ出して救おうとしても、
救えない、堕ちてゆく命を、
傍に居ながら見ているしかないというのは
どんなにか切なく苦しいことだろうなぁ。

そもそもさ、救うって、本当はどんなことなんだろう…?
って、考えちゃう映画です。

なんだか、わけもなく思い出してしまったので、書いちゃいました。



他に、大好きな映画。
「蜘蛛女のキス」 これがわたしの一番。原作も良い!
「バグダッド・カフェ」
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」
「ピアノ・レッスン」
「トニー滝谷」
「麻雀放浪記」
「レオン」
「2046」
「ウエストサイド・ストーリー」

などなど…。



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comment











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ナウシカさん

>私もそりゃ~しょっちゅうありますよ。

そうでしたか(笑)
ちょっと安心しました。


>人にはゴミ箱が必要だ、ただしどこにもかしこにもゴミ箱を置いてはいけない、ここと決めて置く、みたいなことをある精神科医の方が言われていました。

これは、とても納得するいい言葉ですね。
「ここと決めて置く」かぁ…


>そうすることで背中に背負う荷物を軽くして、前に進むことができる。

これは、愚痴の効用として、確かにあると思います。
スポーツ選手なんかのメンタルトレーニングでも、クリアリングというのがあって、
次の試合にスッキリとした心で集中できるように、愚痴や不安を吐き出しておく、ということをするそうです。


>本当に楽になったんですよ。

そうでしたか。それを聴いて、わたしもすごく嬉しいです。
愚痴でも何でも、そこに留まるためでなく、次の一歩のためにすればいいんだよなぁって、
わたしもこうして書かせていただきながら、整理が出来ました。
ありがとうです(^ー^)

>またゴミ捨てるみたいに、愚痴を吐いてしまったらごめんなさい(;^_^A

いつでも、どうぞ!
ナウシカさんのは、ゴミというより、わたしにとってもヒントいっぱいですから。

2007/07/29 10:53 | 散歩虫 [ 編集 ]


散歩虫さん 

>「一歩」が物凄く辛いときって、あるじゃないですか。
気づかないうちにスタスタ歩けるときもあるし、
「この一歩が、めっちゃ辛い」というようなときも。

>今、そんな重たい、だけど重要な一歩一歩を歩いている気がします。
一歩が辛いから、抱えているもの全部、放り出したいって、
そんな愚痴が出てしまったんでしょうね(笑)

そうなんですか。
私もそりゃ~しょっちゅうありますよ。
ああ~もう消えて無くなりたいってことも…別に自殺したいとかじゃなくて、それぐらいもう嫌になってという意味で。

私は一歩を踏み出すための愚痴ならいいと思うんですよ。
そうすることで背中に背負う荷物を軽くして、前に進むことができる。
人にはゴミ箱が必要だ、ただしどこにもかしこにもゴミ箱を置いてはいけない、ここと決めて置く、みたいなことをある精神科医の方が言われていました。

以前こちらで、散歩虫さんにいろいろお話聞いて頂いて、本当に楽になったんですよ。
ありがとうございますm(__)m
またゴミ捨てるみたいに、愚痴を吐いてしまったらごめんなさい(;^_^A

2007/07/29 08:36 | ナウシカ [ 編集 ]


 

ナウシカさん

>『絶対にあの人を救うことができる』という確信を持ちながら、悩んでいる人や悲しんでいる人のところに飛んでいき、しかし、その人の悩みや悲しみに、たじろぎ、その人と同じ無力感に打ちひしがれながら、でも、その人の手を握りつづけることができること。
永遠に。

これは、すごいですね…
こんな風にしてもらったら、本当にその人は救われるかもしれませんね。
奇麗事ではできない、本当にそう思います。

言葉よりも、ただ手を握り続けることの方が、救いになるのかもしれませんね。



>なんか全然、見当違いの話でしたら、ごめんなさいm(__)m

いいえ、ごめんなさいなんて、そんなことは全然ないです。
お心遣い、とっても嬉しいですし、ありがたく頂きました(^ー^)

なんていうのか…
「一歩」が物凄く辛いときって、あるじゃないですか。
気づかないうちにスタスタ歩けるときもあるし、
「この一歩が、めっちゃ辛い」というようなときも。

今、そんな重たい、だけど重要な一歩一歩を歩いている気がします。
一歩が辛いから、抱えているもの全部、放り出したいって、
そんな愚痴が出てしまったんでしょうね(笑)



なんだか、このところめちゃくちゃ暑い日が続いています。
ナウシカさんも、夏バテしませんように…。

2007/07/28 05:23 | 散歩虫 [ 編集 ]


散歩虫さん 

ある人からの受け売りなんですが、救うということ…

『絶対にあの人を救うことができる』という確信を持ちながら、悩んでいる人や悲しんでいる人のところに飛んでいき、しかし、その人の悩みや悲しみに、たじろぎ、その人と同じ無力感に打ちひしがれながら、でも、その人の手を握りつづけることができること。
永遠に。

…だと私も最近では思うようになりました。
でも、それには、自分を見つめる作業が大切だし、それなりの覚悟も必要ですね。
綺麗事ではできない、人間の真価が問われる事柄かなと思います。

>大切な思い出さえ、誰かにとってはただのゴミでしかないと
思い知らされたときの悲しさは、何度経験しても痛いものですよね。

そうですね…
ゴミにされてもいいんですよ、所詮、あなたではない他の誰かがしたことです。
思い出は、誰のものでもない”あなた”のものです。
思い出は、過去と一緒で書き変えることはできない。
記憶を塗り替えるとか、そういうことでもない限り、思い出は誰にも汚せない。

だから、誰かがゴミにしてしまった”あなたの大切な思い出”は誰もゴミと一緒には捨てられない。
だから、大切に大切に抱えていけばいいんじゃないですか?
ゴミにされてしまったと感じてしまった投げかけられた言葉?はゴミにして捨てちゃいましょう。

なんか全然、見当違いの話でしたら、ごめんなさいm(__)m

2007/07/28 04:14 | ナウシカ [ 編集 ]


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Author:散歩虫
議論ある仏教系(日蓮系)宗教団体を脱会した、2世のその後。
カルト問題、マインドコントロール、心理学から見た宗教問題、脱会後のリハビリ、その他いろいろ思ったことを書いています。
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